アーカイブの考察

 

現用文書管理とビジネスアーカイブの融合を期待する

社史・アーカイブ総合研究所 代表 小谷 允志

1.日本の文書管理・アーカイブズの問題とは

いきなり標記のテーマに入る前に、全体的な日本の文書管理・アーカイブズの問題としてどのようなものがあるのかという点について、筆者の考え方を概略述べておきます。その方がこのテーマ自体の理解もしやすいのではないかと思うからです。かねてからこの点について筆者が主張してきたことは次の3つです[注1]。

①組織における文書・記録の重要性に対する認識が低いこと
②現用の文書管理と非現用のアーカイブズがつながっていないこと
③文書管理の専門職体制(現用のレコードマネジャー・非現用のアーキビスト)が確立していないこと

組織というものを類別すると、[A]国の各省庁や独立行政法人等、[B]地方自治体、[C]民間企業と大きくはこの 3つのグループに分けられます。先に挙げた問題点は、多少の濃淡はあるにせよ、この 3つのグループに共通して言えることであり、正に日本の組織の問題点と言えるわけです。つまりこれらが日本の文書管理・アーカイブズにおける本質的な問題であるだけではなく、海外の先進国と比較して最も大きな違いを感じさせる問題でもあるからです。今回はその中から、特に[C]の民間企業における ②の現用の文書管理と非現用のアーカイブズがつながっていないという問題を少し掘り下げて考えてみようというわけです。

2.組織における文書・記録の重要性に対する認識が低いこと

一般的な読者の方々は日頃、日本の文書管理・アーカイブズの問題などというものを考えることはあまりないと思われますが、日本の文書管理・アーカイブズのレベルは先進国の中でもかなり低いというのが実状です。なぜそうなのか。まず分かり易い話で海外と比較してみましょう。

日本の各省庁などの公文書管理の基本法である公文書管理法は2009年に制定され、2011年から施行されました。実はこれはアメリカからは 60年、イギリスからは 50年遅れています[注2]。遅まきながら公文書管理法ができたのは、失われた 5000万件の年金記録問題等いくつかの不祥事が引き金になったことも事実ですが、公文書管理法ができてからも防衛省の日報問題、森友・加計学園問題などの不祥事が続発、さらには財務省の決裁文書の改ざんなどという前代未聞の事件が起こり、公文書管理が大きく改善されたという印象はありません。要するに公文書管理法というかなり良いルールができたにもかかわらず実行が伴っていないのです。そのこと自体が、国の機関においても職員の間で公文書の重要性に対する認識が低いことを物語っているのです。

次に自治体はどのような状況なのでしょうか。実は国は公文書管理法の中で自治体に対し、国と同様に公文書管理の改善を行うよう要請をしています。ところがこれが一向に進まないのです。国と同様ということは自治体では条例化ということを意味しますが、公文書管理を条例化し改善した自治体は約1,700カ所中、まだ 20数カ所に過ぎません。これは自治体における公文書管理の重要性に対する認識が国よりもさらに低いことを示しています。確かにごく一部、優れた取り組みをしている自治体もありますが、大部分の自治体は関心が薄いのです。

そして国、自治体よりもさらに関心が薄いのが民間企業です。国や自治体は情報公開法を初めとしてさまざまな法的な規制が働きますが、民間企業はそういった規制や動機づけが少ないために、なかなか文書管理・アーカイブズに関して積極的になりません。このような基本的な背景があるからこそ、日本では③に挙げた文書管理の専門職体制(現用のレコードマネジャー・非現用のアーキビスト)が進まないのです。国立公文書館あるいは数少ない自治体の公文書館には若干のアーキビストは存在しても、レコードマネジャーとなれば全く存在しないと言ってよいでしょう。

そもそも日本の文書管理はファイリングシステム(後述)をベースとして行われてきたために、あくまで組織の全員で行うものとされており、レコードマネジャーなどという専門職は想定されていないのです。海外の先進国における国の各省庁、主要自治体、大手企業には必ずこのレコードマネジャーが存在し、全社的・全庁的に文書管理を指導・支援・推進しています。つまりこのような専門職がいるかどうかが、海外の文書管理との比較において、最も大きな違いとなっているのです。

3.現用の文書管理とアーカイブズがつながっていない問題

日本の組織では文書・記録の重要性に対する認識が低いということを理解いただいたところで、そろそろ本題に入りたいと思います。現用の文書管理とアーカイブズがつながっていないとはどういう意味なのか。これは現用文書の保存期間が満了した後、歴史的に重要な文書が適正に公文書館等のアーカイブズ部門に移管されないということを意味しています。言い換えると歴史が残らないということなのです。歴史が残らなければ、過去に学ぶことはできない。従ってこれは想像以上に大きな問題です。

ではなぜ現用の保存期間が満了した後、歴史的に重要な文書がきちんと移管されないのでしょうか。これも当然ながら、先に述べた「組織における文書・記録の重要性に対する認識が低いこと」が背景にあるわけですが、直接的には日本の文書管理がファイリングシステムをベースとして行われてきたことに関係があります。

ファイリングシステムとは「組織体の維持発展に必要な文書を必要に応じて即座に利用できるように組織的に整理保管し、ついには廃棄に至る一連の制度」と定義されています[注3]。これからも分かるようにファイリングシステムは基本的に廃棄を何よりも優先する仕組みであり、そもそもアーカイブズという考え方は全く想定されていませんでした。要するに日本の文書管理はグローバル・スタンダードの記録管理 Records Management[注4]とは似て非なる形態で行われてきたわけです。

元々、ファイリングシステムは情報媒体が紙中心の時代の考え方であり、オフィスが紙の書類で溢れることを何よりも嫌ったのです。しかもパソコンの時代が始まった 1995年以降の約20年間というものは、大方の予想に反してペーパーレス化が進まず、むしろオフィス内に急増したプリンターのせいで紙文書が増え続けるという皮肉な現象が生じたのです。

またこのシステムが生まれた戦後の1950年代から80年代にかけては“欧米に追い付き追い越せ”というスローガンの下に、社会全体が脇目もふらず一丸となって突っ走った結果、高度経済成長時代を実現した時代でした。そのため何事によらず効率と採算が重視され、前ばかりを向いていたため、アーカイブズによって過去を振り返るという発想はあまり生まれなかったのかも知れません。

その結果、日本の民間企業では自社製品の歴史を見せるためのミュージアム[注5]、あるいは自社の属する業界全体の歴史を見せる博物館的なミュージアム[注6]など優れた企業ミュージアムを有している企業はかなり多いのですが、歴史的な文書・記録を主体としたアーカイブズは極めて少数なのです。中には社史編纂室の名を冠する資料室を有する企業もありますが、恒常的なアーカイブズ施設として社内外で利用可能な形になっている例はこれまた少数でしかありません。

4.社史とアーカイブズの関係

日本では周年ごと節目の時期に社史を発行する企業は少なくありません。熱心な企業は 10年毎、 20年毎に継続して発行することも稀ではないのです。しかしながら社史を発行する場合、発行が決まってから社史編纂室等の組織が設けられ、執筆の材料となる資料、記録の類を一から収集し始めるというケースがほとんどです。

これは先に述べたように企業において普段から歴史的に重要な資料を記録として残す仕組み、すなわちアーカイブズが構築されていないため、そうせざるを得ないのです。現用の文書管理の仕組みの中で、常に歴史的に重要な文書・資料をアーカイブズへ移管する仕組みを作っておけば、このような非効率的な作業を繰り返す必要はないはずです。常設的なアーカイブズを作っておけば何時でも社史が発行できますし、社史だけでなくさまざまな業務の中で多角的にそれらの資料を情報資源として活用できるのです。

またこれまでは一旦社史ができ上った後は、使った記録や資料がお役ご免で倉庫に死蔵されるケースが多かったように思います。常設のアーカイブズができれば、社史制作に使った記録資料類の目録を作るなど体系化を図り、整理保存することにより貴重な情報源とすることができます。良い資料なしに良い社史ができるはずもありませんし、また社史ができたからと言って、一次資料である原記録へ当る価値が消滅するわけでもありません。ある意味で社史はそれら一次資料を加工した単なる二次資料に過ぎないのです。

一方、アメリカなどではあまり日本のような形式の社史を発行する習慣はありませんが、立派な記録アーカイブズを構築している企業は数多く存在します。従ってその企業の過去の歴史的事実の証拠となる原記録がアーカイブズに残されており、社員や関係者はいつでもこれらを直接参照することができるので、敢えて社史を発行する必要を感じないのかも知れません。その逆で、日本の場合はそもそも記録を残すという伝統がないので、周年ごとに社史としてまとめておく必要があるとも言えるわけです。しかしながら日本でも江戸時代には各地の大名家や大きな商家などできちんと記録を残す文化がありましたから、なぜ近代になってその習慣が消えてしまったのか不思議なことです。

そろそろ日本の企業も社史とアーカイブズの連携、一体化を真剣に考えることが必要だし、それだけではなく基本的に良い文書管理の仕組みを構築し、常日頃から歴史的文書・記録が保存できるようにすることが重要でしょう。そうすることによって幅広い業務の中で自社の情報資産を多角的に活用する道が開けるのです。

[注1]①に関連して、より詳しくは小谷「なぜ日本では記録管理・アーカイブズが根付かないのか」(「レコード・マネジメント」No.69, 2015.12)を参照いただければ幸いである。また ③の専門職問題に関しては、有斐閣「ジュリスト」No.1373(2009年 3月1日号)「記録管理の現状と課題」及び行政管理研究センター「季報:情報公開・個人情報保護」の連載「文書管理をめぐる断想」においても度々取り上げている。
[注2]アメリカの公文書管理の基本法は「連邦記録法」で1950年、イギリスは「公記録法」で1958年に制定されている。
[注3]三沢仁「五訂ファイリングシステム」日本経営協会 . 1987
[注4]グローバル・スタンダードの記録管理は、目的に説明責任を掲げているほか、歴史的記録のアーカイブズへの移管を重視、記録管理の専門職を重用などの特徴を有する。
[注5]自社製品の歴史を見せるための企業ミュージアムとしては優れたものが多数ある。代表的なものとして資生堂の「企業資料館」、花王の「花王ミュージアム」など。
[注6]業界全体の歴史を見せる博物館的なミュージアムの代表的なものとしては、凸版印刷の「印刷博物館」、竹中工務店の「竹中大工道具館」など。

「社史・アーカイブ総研の挑戦」(2019.10出版文化社刊より抜粋)

 
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