社史研究への誘い

 

良い社史の基準(その2)

社史・アーカイブ総合研究所 研究員 吉田武志

良い社史の基準(その2)-網羅性と検索性を兼ね備えている

 「網羅性と検索性を兼ね備えている」とは、端的に言えば、社史は“読み物”である前に、“記録”であるということです。極論すれば、読んでもらうためにあるのではなく、必要な時に過去の情報を引き出すためにある書籍といってよいでしょう。

 したがって、社史では目次や索引から探している内容にたどりつけること、そこに必要な情報が網羅されていること、など記録媒体としての機能が、読みやすさより優先されます。同じく記録性を主体とする新聞報道などと同じように、文字数あたりの情報量は一般商業紙誌の記事に比べ格段に多くなります。そのようにして、キーワードやデータを適切に織り込み、読者が必要な情報に適宜到達できる原稿としなければなりません。その一方、臨場感や共感性を持たせるための主観的な描写、他のデータと比較不能な客観性のない修飾、読者を引き込むための強調や、親しみやすくするための平易で曖昧な表現などは排除されます。学術論文やレポート、あるいは法定の報告書である有価証券報告書に近いと言えるでしょう。

 「そんなもの誰が読むんだ?」という声が聞こえてきそうです。その通り、問題は想定読者です。学術論文や有価証券報告書も、誰も読まない想定で書かれているわけではありません。学術論文は学会関係者や研究者が読むことを想定しています。有価証券報告書は株主に対して伝える義務があると法律で決められている情報を提供するために作られています。では、社史の想定読者は誰でしょう。すでにおわかりのように、読者は社史を通じて「産業発展や企業発展のダイナミズムを析出し、当該産業や当該企業が直面する今日的問題の解決策を展望する方法」を模索する人々、すなわち未来の経営陣、社員、そして業界関係者や研究者です。ここにちょっとしたパラドクスがあります。

 筆者は税務関係の実務書の出版社出身ですが、一般読者を想定した税金関係の啓発書や節税の指南書と、税理士や企業の財務・経理部門の担当者など専門家を対象とする実務書では、企画の立て方から内容の密度、文章のタッチまで全く違います。このように読者のレベルに合わせて書籍を企画し、編集するのは、専門書の出版の世界では常識です。すると、新入社員と経営陣の両方を読者とする書籍は成立するのか、という疑問が生じます。冒頭で、「出版業界や広告業界の観点から見れば、何のために、誰に向けてつくられたのかわかりにくい書物」と述べたゆえんです。

しかし、後の世代の人々が、必要に応じて紐解く記録と考えれば、その謎は容易に解けます。紐解く以上、読者は一定以上の問題意識を持った人々です。「社員になる以上、わが社の歴史は知っておいてね」という新入社員研修レベルの読者想定ではありません。筆者の最初の認識は「あ、百科事典にみたいなものか!」でした。つまり、通読を前提としていないのです。

 こうした人々の活用に資するため、社史は具体的にどのような内容を記述すべきなのでしょうか。ここでは、当社の名古屋支社で行われた公開セミナー(2019年2月26日)での沢井実先生(南山大学経営学部教授)の講演「社史から学ぶ経営の課題解決」から「良い社史とは何か」の定義を引用させていただきます。

1.正確な事実の記述
 ●それでも残る不明な点。何をどのような史料・資料を使ってどこまで調べたか、その手続きが分かるような記述。記述を追体験、追試できるような書き方。
2.ストーリー性の重要性
 ●「だれに向けて何を書くのか」といった明確な問題意識がなければ、ストーリーは生まれない(石母田正『平家物語』岩波新書)。ストーリーが記述の脈絡を保証し、枝葉を切ることを可能にする。

 「1.正確な事実の記述」に関しては、記録としての意義に鑑み自明でしょう。その書き方は「記述を追体験、追試できる」レベルの詳細情報が求められます。他方、「2.ストーリー性の重要性」はなぜ良い社史の定義に含まれるのでしょうか。

「社史・アーカイブ総研の挑戦」(2019.10出版文化社刊より抜粋)

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