社史研究への誘い

 

良い社史の基準(その1)

社史・アーカイブ総合研究所 研究員 吉田武志

良い社史の基準(その1)-企業が行動を起こした事実に基づいて執筆されている

 事実に基づくとは、具体的に次のような条件を満たすということです。

 ●資料や取材内容に鑑み、原稿の表記や解釈の正確性を期す
 ●組織の歴史、内容の評価に影響を与える記述については、それを裏付ける資料か情報があること
 ●推論を交える必要がある場合は、事業環境や自社の推移を踏まえた合理的な説明を目指す

 資料とは、企業内文書、すなわち「社内報」「ニュースリリース「取締役会議事録」「有価証券報告書」などの当時資料です。

 社史の文章は、これらの資料から記録として掲載すべき内容を取捨選択し、地の文に置き換えたり、引用したりして全体を構成していきます。文章化していくためには、前後の記事と比較・検証し、疑問点を抽出し、それに基づいて取材を行ったり、裏付け資料で補ったりしながら、資料の内容を解釈し、分析し、文脈を構成していかなければなりません。「資料に~鑑み~解釈の正確性を期す」とは、原典としての資料に忠実であるだけでなく、文脈を与える場合に、その解釈に間違いがないようにするということです。

 とはいえ、企業内のナマ資料は、誰が読んでもわかるようにやさしく書かれているわけではありません。外部ライターに執筆を委託する場合は、そのライターが業種・業界事情、当該企業のビジネスモデルを知っていることが前提となります。その知識がなければ資料は読み解けません。社内執筆であるとしても、当時の経営環境がわからなければ、個々の資料の位置づけがわかりません。こうして、資料を読み込み、解釈し、追加資料を求め、それでも理解できない内容、足りない情報について関係者に聞くのが、社史における取材の位置づけとなります。

 取材では、資料の理解できない部分について説明を受け、解釈に正確を期すとともに、そこに書かれていない背景事情、経営意思や経営計画との因果関係も明らかにします。つまり、「取材内容に鑑み~解釈の正確性を期す」とは、資料の正確な理解に加え、背景事情、経営意思や経営計画との因果関係を取材し、その資料に記載されている出来事や業績の社内的な位置づけを正確に把握して、その文脈に沿って記述するということです。

 しかし、人の記憶は必ずしも正確ではありません。だから、裏付けをとる必要があります。裏付け資料は、社内資料だけとは限りません。政治経済史から業界史まで、外部資料にも当たります。それでも確証が得られなければ、推測で書いてよいでしょうか。たとえ推論であっても、書かなければその出来事や業績などの位置づけが不明確になり、全体の文脈が途切れてしまうのであれば、書かざるを得ません。そこで、「事業環境や自社の推移を踏まえた合理的な説明を目指す」ことになります。ただし、社史は記録です。「憶測」を「事実」として伝えるわけにはいきません。「…と推測される」「…と考えられる」など、推論であることがわかるように書くのが原則です。

社史の基盤としてのアーカイブ

 このように社史制作の基盤となるものが当時資料である以上、その編纂作業は資料の収集・整理から始まります。とはいえ、それぞれの資料は後日の社史編纂を想定して作られているわけではありません。当時資料の限界性として、評価や結果が判明していない段階のものがほとんどですから、個々の資料間をつなぐ文脈、つまり出来事や業績の理由や背景が、その資料自体に書かれているとは限りません。

 工場の建設を例にとると、その進捗によって、計画時、建設着工時、完成・稼働時にそれぞれ計画書や社内報記事、ニュースリリースなどが発表されますが、記事によって完成時期、生産品目・規模などが違う場合があります。また、記事発表の目的によっては、地鎮祭や竣工式などのイベントの紹介だけで、背景や建設理由すなわち経営意思との文脈が明快でないこともあります。

 また、その性格から生じる、資料固有の限界性もあります。もっとも信頼のおける一次資料である取締役会議事録でも、そこで審議されるのは計画に過ぎません。実行時のディテールについてはその段階の裏付け資料と校訂する必要があります。
実行ベースの裏付け資料として便利なのは、社内通達機能が加味されることが多い社内報ですが、これにも「財務系を中心に、経営上の重要事項であるにもかかわらず、社内報で開示されない情報がある」「社内報記事は出来事の紹介に偏りがちで、背景や理由などが書かれない場合がある」「社員の士気を下げないよう、撤退、トラブルなどのマイナス要素の記事の記載を避けるか、トーンダウンさせる傾向がある」などの限界性があります。

 そこで、掲載するそれぞれの事象について、前後の記事と比較・検証し、疑問点を抽出し、それに基づいて取材を行ったり、裏付け資料で補ったりしながら、資料の内容を解釈し、分析し、文脈を構成していくことになります。

 これらの作業を体系的、効率的に行うために、企業史料のアーカイブを構築しておくことをお勧めします。電子化が進んでいれば、さらに関係者間の共有も容易になります。

「社史・アーカイブ総研の挑戦」(2019.10出版文化社刊より抜粋)

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