社史研究への誘い

 

社史の発刊意義

社史・アーカイブ総合研究所 研究員 吉田武志

社史の発刊意義

社史がその後、現在私たちが目にする大企業の正史へと内容的にも形式的にも形を整えていく背景には、『社史の研究』(村橋勝子著 2002年 ダイヤモンド社発行)で村橋勝子氏が指摘しているように、経営学、経営史学の欧米からの摂取と発達がありました。

その成果を端的に物語る論考として、経営史学会の10代目会長を務めた橘川武郎先生(現東京理科大学大学院イノベーション研究科教授、東京大学・一橋大学名誉教授)の「経営史学の時代:応用経営史の可能性」〈『経営史学』第 40巻第4号(2006年3月)〉や、資生堂名誉会長の福原義春氏の『経営者のバイブルとしての社史』〈企業史料協議会平成 23年度総会講演録 創立 30周年記念講演  2011年11月11日発行〉などがあります。

こうした変化を、四宮俊之先生(弘前大学名誉教授)は「社史(書)編纂の目的と意義をめぐって ―それは何故に編纂されるのか」〈弘前大学人文学部『人文社会論叢』(社会科学篇)第4号(2000年8月31日)〉で、次のように論述しています。

「これまでの日本の多くの社史書に対する一般的な批判としては、その記述内容が概して分析的、客観的でないばかりか、正確でない場合も少なくなく、経営の失敗など自社や関連企業にとって都合の悪い事柄をしばしば意識的に省いての綺麗事ごとばかりで、宣伝臭く、誰が執筆責任を負うのかも明確でないことなどが言われてきた。そのために企業の記念式典などでの「引出物」、「手土産」とか、「昼寝の枕」、「書棚の飾り」、「読者のいない本」、「勝者の歴史」、「バンザイ社史」、「経営資源の浪費」などといった酷評のほか、「社史の三なし」あるいは「五なし」として「著者なし、定価なし、本屋になし」、それに「読者なし、そして面白味なし」ともされてきた。(中略)

しかし、近年には、日本で編纂・刊行される社史書の内容について、国際的に見ても高い水準になってきたとの指摘が増えている。その背景としては、日本における経営史学の認知と高まり、日本経営史研究所をはじめとする社史書の制作や出版などを請負う団体および業者の存在、それらの団体などを通しての経営史研究者による専門的な助言や委託執筆の広がりなどを指摘できるであろう。そのため社史書は、歴史情報の単なる記録資料的な価値だけでなく、企業・事業経営の現在や将来に向けて先人たちの体験とか、理念の共有化をはかる手段、ないし媒体としての役割や意義、期待などが語られるまでになったのである」

ここで大事な点は、「歴史情報の単なる記録資料的な価値だけでなく、企業・事業経営の現在や将来に向けて先人たちの体験とか、理念の共有化をはかる手段、ないし媒体としての役割や意義」のくだりです。

これは橘川先生が前出の論考「経営史学の時代:応用経営史の可能性」で述べている応用経営史の定義、「経営史研究を通じて産業発展や企業発展のダイナミズムを析出し、それを踏まえて、当該産業や当該企業が直面する今日的問題の解決策を展望する方法」と通底しています。

これに賛同する当社は、2011年 7月22日と2013年 3月15日の 2回にわたり、橘川先生をお招きし、講演をお願いしました。そして、その成果をもとに、「良い社史とは何か」の基準について、次のようにまとめました。

①企業が行動を起こした事実に基づいて執筆されている
②網羅性と検索性を兼ね備えている
③業界の歴史の中でその会社の経営ストーリーがわかる

この要件を満たすために、社史はどのようにつくられているのか、あるいはつくられるべきなのかについて、これから説明してまいります。ただし、請負業として社史の編集に携わった筆者の経験だけでは説得力に欠け、また、守秘義務の関係で具体事例を挙げられない制約もあることから、しばしば斯界の権威の言葉をお借りしながらの、いささか抽象論めいた解説になります。あらかじめお断りし、お許しを請う次第です。

「社史・アーカイブ総研の挑戦」(2019.10出版文化社刊より抜粋)

(参考)社史セミナー動画(リンク先は会員限定メニューになります)
橘川武郎先生「これからの社史はどこから来て、どこへ行くのか?」(2011年7月22日)
橘川武郎先生「応用経営史からみた日本的経営の変遷」(2013年3月15日)

 
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