アーカイブの考察

 

国の産業遺産のひとつである企業資料

企業アーカイブズを誰のために、何のために残すのか、また、M&Aや吸収・合併などで消えていく企業の記録をどうするべきかなど、企業アーカイブズのあり方に関する議論はとどまるところを知りません。

企業文書は、官庁の公文書と違い、商法などで保存期間が定められた一部の文書を除いて、保存や管理に関する法令の定めがありません。また、企業資料の記録としての社会的な位置づけが確定されていないことも、企業資料が長期保存や公開の必要がないプライベートな記録と考えられている理由のひとつかもしれません。

企業や学校・病院などは、単体で発展するものではなく、地域、またそこで働く人々とともに発展するため、企業記録は地域史、労働史、社会史の一部を構成するものと考えられます。企業がなぜその土地に工場を建設したか、なぜその土地でなくてはならなかったのかということも、企業文化を考える上では重要な要素であるとお茶の水女子大学の小風秀雅教授は言います。

企業資料をレスキューしたイギリスのグロスター公文書館の例をご紹介します。1868年に創立したFielding and Platt社は、英国ではじめて掃除機を製造した機械メーカーでしたが、10年前にその長い歴史を閉じました。

その後、跡地にはアウトレットモールが建設され、会社自体がまるで存在しなかったかのように忘れ去られていたそうです。このまま忘れ去られてしまうのではないかと懸念された同社の記録を救ったのは、地元であるグロスター州の公文書館と地元の人々でした。

グロスター州立アーカイブズは、「Fielding and Platt地域アーカイブズプロジェクト」を立ち上げ、多くの地域ボランティアの力を借りて、18か月間、資料目録の作成、記録の電子化、写真など映像資料の整理・解釈、元社員からオーラルヒストリーの収集・整理、ウェブサイトの作成を行いました。

Fielding and Platt社の「企業資料」は、グロスター州の貴重な産業遺産であると同時に、英国の工学史・産業史の本質を理解するための重要な記録であり、アーカイブズが保存・公開されたことによって、Fielding and Platt社は再び命を吹き込まれ、記憶を未来へ紡いでいくことが可能になったと、プロジェクトの責任者であるTaylor氏は述べています。

企業の活動、そしてその活動の証拠となる記録は、その企業の歴史の積み重ねを示し、その積み重ねこそが、国の歴史を構成する重要なファクターなのではないでしょうか。

「企業資料」とは、私的なアーカイブズでではなく、国の産業遺産のひとつであると私は思います。一つでも多くの企業や学校等の組織に、記録を次世代へ紡いでいく必要性を理解していただけるよう、また、地域においても、企業資料を地域の遺産として受け入れる体制が確立されるよう、企業資料保存に関わるすべての人々が協力していかなくてはならないと考えます。

 
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