アーカイブの考察

 

忘却に立ち向かう原爆記憶の闘い

抑留された日本人らのカード75万枚がロシア国立軍事公文書館で発見された記事に触れ、いつか誰かにとって決定的に重要な「証」になるアーカイブを紹介いたしました。今回は、戦争の記憶と記録を留めようとしている市井の人を紹介します。

田辺雅章氏は、1945年8月6日、ご母堂と弟さんを爆心地付近で亡くされました。氏は疎開中で当時7歳。陸軍中尉だったお父さんも出勤途中に被爆し、そ の後亡くなられ、お祖母さんと2人きりになってしまいました。半世紀近く映像制作に携わられた氏は、戦後頑なに原爆の証言などを拒んできましたが、記憶を形に残さない限り、古き佳き時代の広島は永遠に消えてしまう、という想いから、2005年に自宅があった産業奨励館(原爆ドーム)付近の町並みをCGにて再現させました。

このプロジェクトの特長は、

1.国内に記録はないので、NARA(米国国立公文書館)にて航空写真等の資料にあたった。
2.全国165人の存命証言者を探し、ヒアリングした。
3.街並みを、その家屋の中まで、証言者の記憶をたよりに復元させた。
4.復元方法は、コンピュータグラフィックを選んだ。
というものです。

爆心直下の産業奨励館の周囲には、260世帯余が暮らす城下町の風情漂う街並みがあったといいます。米、味噌、傘、旅館、仕出し、建具、運動具、食料品、 骨董品の店45軒が3次元CGにて再現され、うち10軒は家屋の内側に足を踏み入れることもできます。被爆前の賑やかな街のたたずまいが見事に復元されて います。

わたしは、この話を聞いてこれも第二次世界大戦で、街を徹底的に破壊されたワルシャワの市民が、破壊前のレンガ壁の傷ひとつ残らず修理・再現させた、というエピソードを思い出しました。4年かけて165人に取材し、ワシントンに5回往復した田辺氏の意地ともとれる気概とは一体なんでしょうか・・・。

マスコミの取材で田辺氏は、「これは孫の世代への遺言。あの日の出来事を忘れたとき、再びあの日が繰り返される」と言っておられますが、数千度の熱で焼か れた肉親を思い出すつらさに耐えられながら、忘却に立ち向かう記憶の闘いの成果、ともいうべきアーカイブを見事に構築されました。

社史・アーカイブ総合研究所

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