アーカイブの考察

 

命を分けた歴史の道

東日本大震災をめぐっては、さまざまな教訓が導き出されるとともに、これまで繰り返し地震や津波の被害を受けてきたわが国にあって、いきた教訓といかされなかった教訓があったことが浮き彫りにされました。なかでも、869年に発生した貞観地震の教訓が、原発建設にあたり一顧だにされなかったことは、残念というほかありません。2009年の経済産業省の審議会でも、貞観地震再来の可能性があることが専門家から指摘されたにもかかわらず、対策を怠った東京電力の責任は極めて重いと言わざるを得ません。

先人たちは、さまざまな形で被害を記録し後世に伝えようとしてきました。国の修史事業で編まれた『日本三代実録』には、この貞観地震の惨状が詳しく描かれています。実際に被害に遭った人々は「津波記念碑」という石造物をつくって教訓を伝えようとしました。明治29年と昭和8年の二度、大津波に襲われている宮古市姉吉地区の「津波記念碑」には、「此処より下に家を建てるな」と刻まれています。この教訓を守り、またこの石碑の存在を知っていて、ここより上に逃れた人々は今回も無事だったといいます。まさに、命を守るアーカイブということができるでしょう。

また、東北大学の平川新教授の調査によれば、今回の浸水域の先端は江戸時代の街道と宿場町の手前に沿って止まっているそうです。先人たちは経験的に安全なエリアを知っており、津波の襲来を想定して道路整備をすすめたと考えられます。歴史の道は、大地に刻まれた、生死を分けるボーダーラインだったのです。

今回の震災は、先人たちの遺してきたアーカイブに謙虚に接しなくてはならない、ということを教えてくれます。

社史・アーカイブ総合研究所

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